ふたふで箋の誕生秘話

文・小日向 京

ふたふで箋はあたぼうさんと、デザイナーhoririumさんと、文具ライター小日向 京のコラボレーション製品です。2015年5月に発売されたA4サイズ400字詰原稿用紙「飾り原稿用紙」をベースに、200字詰で小ぶりにアレンジされたほぼ正方形の用箋です。
製品の監修者である小日向 京が、ふたふで箋の誕生秘話をまとめました。

 

 

まず、飾り原稿用紙を振り返る

2015年5月、飾り原稿用紙は「波抹茶」「桃雲流」「黒雷公」「蔓葡萄」の全4柄で誕生しました。各柄ごとに罫線色が異なり、「書きたい気分を高める」飾り罫のついた原稿用紙です。


時間管理ツール「スライド手帳」を手がける、どちらかというとビジネス支援文具に特化したあたぼうさんが、なぜ原稿用紙を? しかも、あたぼうさんらしからぬ愛らしい飾り枠がついている! と発売当初はどよめきをもって迎えられたものでした。


そしてこの21世紀、パソコンはおろかスマートフォンもひとり1台は持ち、文字入力キーに触れてメールやSNSを俊速で行う時代に、原稿用紙の新製品が一度に4柄も出るなど「世の流れにまるで逆行している」とみなされても無理のないことでしょう。

 

しかし、そこには万年筆やインク、ボールペン、鉛筆など文具をこよなく愛する人たちがいました。筆記具を様々に使い比べていくと、「この描線をうまく表現してくれる紙はないのか」というところに行き着きます。

新たな紙に飢えた彼らにとって、「ひと味違った何か」は欠かせぬ要素であり、昔学校で読書感想文などに使った(ちょっと億劫だった)原稿用紙の枡目は、子どもの頃の懐かしさや、苦々しさを思い起こさせ、「なんだかまた原稿用紙に向かってみるのもいいかな? おもしろい絵柄の枠だし」と飾り原稿用紙を手に取ってくださいました。


文具好きの彼らも、立派なパソコン・スマホ使いです。書いた筆跡は写真を撮ってSNSに即アップ。鮮やかなインクを使って飾り枠の色と組み合わせたり、二つ折りにしてA5リフィルにしたり、ブックカバーにしたり、写真背景の敷き紙にしたり。あらゆる使い途を披露して、今日も見る者を楽しませてくれています。

小さなサイズが欲しい!

そこで要望が出はじめたのは「飾り原稿用紙のA4サイズだけでなく、手軽に使える小さなものも欲しい」という声です。


あたぼう・horirium・小日向の開発チームの間でも「手紙を書くのに向くミニサイズがあるといいね」という話は発売当初から出ていました。それは小型の便箋なのか、一筆箋なのか、はたまた別の何ものかなのか。
自社のホームページに堂々と「極小文具メーカー、あたぼうステーショナリー」と銘打つあたぼうさんは(あたぼうステーショナリー「システム手帳とその仲間たちの文具」トップページに明記あり)、「便箋や一筆箋では競合がたくさんいるので、とてもじゃないが戦えない」という思いが先立ったといいます。

 

それよりそもそも、今どき使用頻度がきわめて低い原稿用紙の新作を4柄も出してるってなんなんですか…と言いたくなるものですが、そこは文具メーカー。ビジネスには勝算を見込むことが鉄則です。飾り枠のついた原稿用紙は「ないから売場で目立つ」けれど、便箋や一筆箋は「たくさんあるから売場で埋没する」と考えたわけです。

 

結果、あまたある便箋や一筆箋で戦うことはあっさり諦め、「便箋ではスペースが余る、でも一筆箋では足りない」という場面になじむサイズに焦点を合わせ、一筆箋をふたつ並べたかっこうの正方形ベースとしました。
さらに、その正方形の縦辺をバイブルサイズと同じ長さ・171mmに設定。横辺は二つ折りで一般的な郵便定形サイズ封筒・長形4号に入る幅・168mmとし、原稿用紙としても変わらず使えるようにするため、文字詰は半分の200字詰にしようと話し合いました。

 

「一筆箋がふたつ分なら、ひとふで箋ならぬ〝ふたふで箋〟という呼び名はどうか?」という小日向の提案で、商品名は「ふたふで箋」に決まりました。

 

いざ、制作開始

ここからデザイナー・hoririumさんの取り組みが始まります。


飾り原稿用紙を小さくするといっても、そのまま縮小することはできません。縦横比は大きく異なり、枡目は半分の200字詰にして、そのなかでうまいこと枡目がおさまりつつ、余白までバランス良くまとまっている必要があるのです。

 

「原稿用紙枠を維持したままでサイズを変更するというところに難しさがあった。特に罫線のバランスには苦心しました」とhoririumさんは当時を回想します。


三人でやりとりをしたメールを振り返ると、「枡目の横線を目立たないようにして欲しい」と希望する小日向に応えて、hoririumさんは枡目の横線を破線にし、さらにその隙間を変えたものを4種用意しています。2015年7月13日のことでした。かなり前から制作を開始していたわけですが、緻密で手間のかかる作業に加えて、比較検討できる試作品を繰り返しふんだんに用意してくれるhoririumさんには毎回舌を巻く思いをしたものです。


またhoririumさんによると、飾り枠の制作も相当大変だったそうです。
「波抹茶のように飾り枠で小さな模様が連続して続くものは、その数を減らしたりしてバランスを取ることが可能でしたが、蔓葡萄のようにつながった絵柄ものはそれができない。ずいぶん蔓を剪定しながら調整しましたよ」。
〝剪定〟という言葉を使うあたり…もはや仮想世界が現実になっているほどの入れ込みようで、hoririumさんはデザインを仕上げたのでした。


他にも、二つ折り前提として柱中央の上下に位置合わせマークを設けるなど、随所にhoririumさんのこだわりが光っています。

あたぼうさんの苦難、そして追い風

一方、あたぼうさんは印刷所との交渉に奔走。商品サイズを伝えると印刷所の返事は「3×5の15面取りになりますか。特殊なサイズなので、紙の取り具合が悪いな」とのこと。コストが合わないかも知れない、と不安のよぎるあたぼうさんに、さらなる悪条件が舞い込みます。


「一度に印刷しなければならない数が、飾り原稿用紙の数倍になる」──このロットならコスト的になんとか販売できるというところに落とし込んだものの、苦汁の選択を迫られました。


そこで飾り原稿用紙の4柄、あるいはのちに発売された追加柄を含めた全6柄を一度に印刷することは諦め、人気の2柄「波抹茶」「蔓葡萄」から印刷することを決断。今後の販売状況で残りの柄の販売を順次決めよう、と考えを切り替えました。


そんなあたぼうさんに2016年6月、驚きの報せが届きます。
『飾り原稿用紙「碧翡翠」が、ISOT日本文具大賞デザイン部門で優秀賞を受賞』。
部門5作の優秀賞のひとつに輝いたのです。

「碧翡翠」は、水辺に生息するカワセミが佇む水面を青緑色で表現した飾り枠で、2016年4月の発売当初から大きな反響がありました。


そしてISOT初日の7月6日には優秀賞のなかからグランプリが選ばれる式典があり、hoririumさん、小日向ともに観客席へ。「私は壇上へ立ちに行くようなものですから」と控えめに登壇するあたぼうさんを見守りながら、デザイン部門グランプリは──。


「あたぼう、飾り原稿用紙・碧翡翠」。


これには一同、びっくり仰天でした。その後のスピーチで「原稿用紙と、この小さな会社に光を当ててくださり、誠にありがとうございます」と語るあたぼうさんは、きらきらと輝いていました。
「この受賞に励まされて、ふたふで箋の開発にも勇気を持てました」とあたぼうさんは語っています。

 

いよいよふたふで箋の発売へ

ふたふで箋の印刷にかかろうという頃、小日向は毎日一心不乱に「ふ」の字を書いていました。
「ふたふで箋」商品ロゴの作字をするためです。


この言葉には「ふ」が2つあります。ひらがなのなかでも「ふ」は形を取るのが難しく、縦長にするか? 平たくするか?「ふ」の両側の2点は離すか、つなげるか?「ふ」の中央の線はどのようなカーブを描くべきか? と、つけペンとインクと紙を前にして様々に模索を進めました。

あまりに同じ字ばかり書いていると、はたと「あれ、〝ふ〟ってどんな字だったっけ」と記憶が真っ白になります。わからなくなっている時に「こうで良かったんだったか…?」と書いてみたりすると、意外にいい感じにまとまっていたり、街を歩けば「ふ」の字ばかりに目がいったり。たくさんの「ふたふで箋」文字を用意して、あたぼうさんとhoririumさんに選んでもらいました。


そして2016年12月5日の発売に先駆けて、11月に神戸・北野工房のまちで開催された「紙フェス」と、12月はじめに大阪・NAGASAWA梅田茶屋町店で開催された「万年筆サミット」で、ふたふで箋を先行販売しました。いずれも皆さまに御高評いただき、さらなる新製品の御要望もいただいたりなどして、大変良い機会でした。


12月5日の発売日を迎えてからは、あたぼうさんは商品の発送に奮闘されているようです。


SNSでは「ふたふで箋届きました!」という御報告や「さっそく試し書き」と写真でアップする方々が早くもおいでです。手書き写真がカメラの構図におさめやすい正方形サイズであることも歓迎されているようで、SNSとの連動性が高いことは手書きの場を増やすことにもなる、とこの時代ならではの新たな存在意義を感じています。

ふたふで箋が末永く人々に愛されることを、あたぼうさん、hoririumさん、小日向ともに願っています。

小日向京

文具ライター。文字を書くことや文房具について著述している。
『趣味の文具箱』(エイ出版社刊)に「手書き人」「旅は文具を連れて」を連載中。著書に『考える鉛筆』(アスペクト刊)がある。
ナガサワ文具センターホームページで「小日向 京の
ひねもす文房具」を毎週更新。「飾り原稿用紙」(あたぼうステーショナリー)の監修など、文具アドバイザーとしても活動している。

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